carudamon119:

【実験】ポテトチップスの袋でわかる、台風19号通過時における気圧の変化
It can be seen in the bag of potato chips, changes in atmospheric pressure in the typhoon No. 19 when passing through

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【実験】ポテトチップスの袋でわかる、台風19号通過時における気圧の変化

It can be seen in the bag of potato chips, changes in atmospheric pressure in the typhoon No. 19 when passing through

(出典: karapaia.livedoor.biz)

 小学校3年生のときだったか、分度器を使わなくても角度が正確に描ける方法を考えた。屋根の勾配の比率と同じで、水平長さと垂直長さの比は、角度と1対1に対応しているので、つまり、角度には固有の比が存在するわけだ。だから、大きな紙に作図をして、長さを測ってこの比を小数点2桁まで求めた。この表を持っていれば、分度器がなくても任意の角度が描けるし、計算にも利用できる。
 これは、偉大な発見だと思ったので、小学校の先生に見てもらったら、三角関数というものがあることを教えてくれた。つまり、僕が日曜日を一日かけて作った表は、tan(タンジェント)の関数表そのものだった。先生が職員室で、その実物を見せてくれたのだ。がっかりした、ということはなくて、「そうか、やっぱり考えた人がいたのか」と嬉しくなった。
 このように、三角関数というものがこの世に存在するのは、角度から勾配の比率を計算では求めることが「できない」からである。数学は、不可能なことに対しては、このように記号を作る。できないから記号になるのだ。
 たとえば、円の直径と円周の比を表す「円周率」。これも計算できない。分数で表すこともできない。どれだけ計算しても、それに近い数字がわかるだけで、ぴったりの数字は求められない。だから、πという記号を考えて、これを使って、とりあえず先へ進むことにしたのだ。
 これは、言葉でも同じかもしれない。今ある言葉で表すことができない概念が登場すると、新しい言葉を作らなければならなくなる。そのものずばりでなくても、近いものなら使える。このように、本来、言葉も記号も、表現できないものだから生まれるのであり、したがって、言葉や記号を学習することは、わからない対象を知った気になる、すなわち「錯覚」に等しい。
稲作には、穀物を食するネズミや、の土手に穴を開けて水を抜くハタネズミが与える被害がつきまとう。稲作が始まってから江戸時代までの間に、日本人はキツネがネズミの天敵であることに注目し、キツネの尿のついた石にネズミに対する忌避効果がある事に気づき、田の付近にを設置して、油揚げ等で餌付けすることで、忌避効果を持続させる摂理があることを経験から学んで、信仰と共にキツネを大切にする文化を獲得した